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2009年1月14日 (水)

なぜ合奏で最後に通すのか

合奏をするとき、最後に「通し」をなさる指揮者をよく見かけます。
その必要性について、最近疑問に思っていますので、それをひとくさり。

通す理由は、こんなところでしょうか。。。
・その日の合奏の成果を総括的に確認しておきたい
・通せるかどうかの不安を払拭したい
・通した合奏を録音したい。あるいは、さらにあとで聞きたい

とかですかね。私もよくやりました。

でも、懸念されることがあります。。。
・このために合奏時間がオーバーすることが多くなる
・通しをすると、その日の合奏が反映されていところがあって、結局物足りなくなる
・奏者の疲れが増す
・最悪の場合、通しの後に手直しをしたくなり、さらに合奏時間のオーバーとなる


で、私は最近、最後に通すことは基本的にしないようにしています。
・最初に通しをやって、大きな問題から順に、手直しできるようになった
・従って、短時間で効率的な合奏ができるようになった(気がする)
・通しをしないことでのデメリットには、これまで直面していない
・奏者が本番に強くなってきた。合奏の最初で通しをすることで、本番と同じ状況を多く体験できるためと思われる


ま、これは私の独りよがりとも言える意見ですがね。

皆さんのご意見やご経験はいかがでしょうか?

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コメント

【最後に通す意味】
★まとめ、総括。
★通すと曲全体の
チェックポイントが
見えてくる。
(最初でも同じですね…。)

【最初に通す意味】
★個々の練習の
成果の確認ができる。
★はやいうちに
曲の問題点がみえてくる。

自分なりに
考えてみましたが、
まるよし先生と
ほぼ同じですね(^^;

ちなみに最後に通して
また手直しをすると
だれてしまうタイプです…。
持久力、集中力を
つけることも
長い間こえられてない
課題です↓

投稿: aki | 2009年1月14日 (水) 01時29分

akiさん、

だれてしまう件、よく分かります。
えんえん合奏をやって、最後に指揮者が「通しま~す」と言われると、ぐったりです。

どうしても最後に通したいときは、「頭に戻って。。。」と言うと、心理的な負担は多少軽減されるのです。

投稿: まるよし | 2009年1月14日 (水) 01時34分

 最後に通しをして、だれてしまうのは、普段の練習時間で演奏している時間が短いからではないでしょうか?
 だからちょっと長くやろうとすると集中力が落ちてしまう。
 最後に通したのに結局また直してしまって終わらないのは、途中の指示が悪いから?
 どちらが良いかどうか、というよりも、練習時間の組み立て方の問題だけであって、指揮者の時間の使い方による影響のほうが大きいように感じます。

 うまい指導者というのは(感覚ですが)、シンプルな指示、繰り返し演奏、奏者を休ませず、体で覚えさせる。というような印象があります。
 気のせいでしょうかね。

投稿: ちょっち | 2009年1月16日 (金) 01時21分

ちょっちさん、

なんかお久しぶりですね!

「奏者を休ませず」とはいいコメントです。
指揮者が指揮台の上で考え込んだり、あるいは延々と演説をしたり、というのは奏者の「合奏のリズム」を狂わせることがあると思います。

「シンプルな指示」も同様に、大事なことです。
「だぁ~」とか「ずっばぁ~」とか「ずばばば~ん(水木一郎調)」とか、もし長島茂雄さんだったら、なんか表現面白そうですねぇ。

投稿: まるよし | 2009年1月16日 (金) 02時45分

どもです。そうですね、お久しぶりすぎますね(汗)

 もう一つ抜けてました。最後に通してだれるのは指揮者自身が「通すこと」が目的になっているからだと思います。
 これまたうまい人は最後に通したとしても、その時に「奏者が実際に練習でやったことを復習できるよう」タイミングよく声が出ていますよね。
(これは最後の通しに限らないですけど)
 これも日々の練習の積み重ねだと思いますが、指揮者の意識で案外どうにでもなるところともいえます。

 エルマノの御大が某大学で練習の指導をしているときの指揮/指導の様子をみていて、大変勉強になった記憶があります。

投稿: ちょっち | 2009年1月17日 (土) 07時40分

ちょっちさん、

大阪以外のところをいろいろと飛び回っておられるようで。。。
また遊びに来て下さいまし。


ええ、「最後に通す」ことは主に指揮者の目的かと思います。


奏者の立場で言えば、なかなか通すことをしない、いつまでも細かい部分だけを繰り返し練習する合奏は、不安がつのっていきますね。
「これまで一度も通したことがない」「通せるのだろうか?」とかの感情。

これはこれで、またひとつ別のトピックスだと思います。

投稿: まるよし | 2009年1月17日 (土) 08時16分

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